2009年3月13日金曜日

 赤信号に立ち止まった交差点で春を知る朝がある。ついきのうまではコートの襟に首を縮めて辛抱していた同じ時間が、あまり長く感じられない。そういう朝がある


 暖冬とはいえ早春のことで風はまだ冷たいが、ポケットから出した手に受ける日差しは心なしかやわらかい。例年よりも季節感の乏しい折、交差点で味わう数十秒の春が一層貴重なものに感じられる



 詩人の伊藤桂一さんに「微風」と題する詩があった。「掌(て)にうける/早春の/陽(ひ)ざしほどの生甲斐(いきがい)でも/ひとは生きられる」。この1年、ささやかな生甲斐をもなくし、みずから命を絶った若い人はどれほどの数にのぼるだろう


 命が粗末に扱われがちな世相の木枯らしに、身を挺(てい)して抗(あらが)った人もいる。線路に入った女性を保護しようとして電車にはねられ、重体となっていた警視庁常盤台交番の宮本邦彦巡査部長(53)が亡くなった

 世の中には、あなたの命を命がけで守ろうとする人間もいるのだ…。宮本さんの遺(のこ)した無言の叫びが生き惑う人たちにとって、絶望の手前で踏みとどまる「陽ざしほどの生甲斐」になることを信じている


 どこの街を歩いていても、交番を見かけるたびに宮本さんの面影がそこに重なるだろう。交差点で春の訪れを知る季節はやがて移りゆくとも、胸の手のひらで受けた日差しは忘れまい。